あまり詳しくはない瑠駆真にとって、アニメもゲームもコスプレも、同じような世界に見えてしまう。当人たちには各々確固たるこだわりやら違いなどがあるのかもしれないが、彼にはわからない。
スイーツなどの話も同様に詳しいというワケではないので、それ以上話が進んでもついてはいけないと思い、話題を変えようと首を動かした。
耽るように、虚ろな視線を彷徨わせる。
「いつ見ても、すごい庭ですね」
「すごい、ですか?」
「こんなに広いのに、ちゃんと手入れが行き届いていて」
「さようでしょうか?」
「あ、僕は園芸とかガーデニングなんてものにはあまり詳しくはありませんけど。でもなんとなく綺麗だなって、思います」
「さようですか」
「すみません。かえって失礼な事を言ってしまって」
「多くの知識など、必要はありません。御心が綺麗だと思ってくださるのでしたら、それが一番です」
「いいですね、こういう庭。見ているとなんとなく落ち着く」
「ありがとうございます」
表情が綻んだ。
なぜ木崎は、これほどまでに嬉しそうに礼を言うのだろうか? 屋敷の使用人として、主人に代わって、といったところなのだろうか。
小さな疑問にぼんやりと気を向けている間に、会話が途切れてしまった。
霞流慎二が居ないのは判明したワケだし、美鶴もいないらしい。ここにいても何の収穫もないようだから、これ以上居ても仕方がないようだ。
沈黙がよいタイミングだと判断して、腰に力を入れた時だった。
「もしや、美鶴様を探して、あなたまでが繁華街へ出向くような行動などを、取られてはいませんよね?」
「え?」
思わず視線を上げた。視線を下げていた事には気付かなかった。
「いえ、もしや、と、思いましてね」
木崎の表情は穏やかだ。だが、その瞳には相手を逃がさんとするかのような、言いようのない力強さがあった。
「まさか、あなたも?」
「えっと、僕は」
別に繁華街をウロつくくらい、隠す事でもないだろう。未成年が闊歩していてはやはり問題だろうし、見つかって唐渓の生徒だとバレればそれなりに騒動にはなるのかもしれない。だが、木崎は事情をわかっている人間だ。夜遊びやそのような類を目的として繁華街へ出向いているワケではないことぐらい理解してもらえていれば、別に隠す事でもないはずだ。
そう言い聞かせるのに、なぜだが言葉に詰まってしまった。
唇を舐める。いつの間にか乾いていた。
「どうなのです?」
「行く事は、ありますよ」
まずそう答え、間を置かずに続ける。
「でも、別に遊び歩いているワケではありません。木崎さんが言うように、美鶴を探しているだけです。店に入ったり、お酒飲んだり煙草を吸ったりなんて事は」
「していないという証明が、できますか?」
「え?」
証明? そんな事は、できない、か?
「言い分はわからないでもありません。私も、あなたが繁華街で不法な行為を行っているとは思いませんよ。でも、そう信じる事ができるのは、ごく一部の人間だけです」
「一部の人間」
「多くの人間は、繁華街に一歩、いや、半歩足を踏み入れただけで、もしくはそちらへ足の爪先を向けただけで夜遊びをしていると疑ってしまう」
「そ、そんな事は」
そんな、足を向けただけでだなんて、そんな大袈裟な。
そう反論しようとし、だが口を噤んだ。
「夜遊びなんてしていない」
ムキになって反論する美鶴の言葉など、半分も信じてはいなかった。
いや、繁華街で不法な行為など行ってはいないと言い張る彼女の言葉は、信じてもいいと思う。と言うか、信じたい。
だが霞流は、信じられない。
「霞流さんは、お前たちが思っているような人じゃない」
その言葉は、ただ盲目的に霞流を庇っているようにしか聞こえなかった。
「俺たちがどう思っているって?」
辛辣に言い返す聡の言葉を、心地良いとすら思ってしまった。
霞流は危険だ。イカガワしい奴だ。関わりなど持つべきではない。夜の繁華街でフシダラな毎夜を送っている人間など。
だが、瑠駆真は霞流が実際に繁華街でどのような時を過ごしているのかなど、知らない。その姿を目撃した事も無い。
僕は霞流を誤解しているだけ?
それでも、軽く拳を握りしめる。
違う。そうじゃない。誤解じゃない。ただ美鶴が理解していないだけだ。
美鶴は、君は騙されているんだ。そうに決まっている。
騙されている。
「先輩は、彼女に騙されています」
突然の叫び声が脳内を蹂躙し、瑠駆真は目を見張った。
金本緩?
騙されている? 誰が? 僕が? 美鶴が?
切羽詰まったような瞳が目の前にチラつく。
金本緩。なぜだ? どうして最近、彼女の名前が頻繁に浮かぶのだろう?
美鶴の恋心を暴露したのは霞流だ。だが実際には女が関わっていると聞いた。
金本緩かもしれないと、瑠駆真は思った。
ここのところ頻繁に瑠駆真のマンション前に現れる存在。それも真夜中で、まるで見張るように、待ち伏せるように、瑠駆真に会えるかどうかもわからないような曖昧な方法で。
彼女は、何だ?
自分の生活にはほとんど何の関係も無いだろうと思われる年下の少女の存在に動揺し、木崎への返事が中途半端になってしまった。
「もし?」
表情の変化に首を傾げる木崎。
「山脇様?」
「あ、えっと」
なんとか答えながら瞳を泳がせる。そんな相手に、今度は木崎が少し慌てた。
「あぁ、これはこれは、ひどく脅かしてしまったようですね」
見た目にも明らかに狼狽している相手を鎮めようとするかのように、軽く右手を出す。
「そこまで慌てられると、こちらとしては困ります。ただ、少し忠告をするつもりだけだったのですが」
「忠告?」
「えぇ、たとえ美鶴様を探す目的であるとは言っても、傍から見れば不法な行動と見られてもおかしくはない。あのようなところを歩いていれば、いくら言い訳をしても聞いてはもらえない事も多い。だからあまり軽々しい行動は控えた方がよいですよと、申し上げたかったのです。美鶴様にもそうお伝えしたいのですが、今のあの方には何を言っても聞いてはもらえないようで」
そこでホッと肩の力を抜く。
「やれやれ、恋というものはいつの時代でも厄介なモノですな」
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